35年ぶりの富士登山

4連休と青春18きっぷを利用してどこか山にでも行こうと思いつつなかなか手頃な山が思いつかずにいたけど、コロナで空いている今なら富士山行ってもいいなと思い行くことにした。
富士山には静岡に住んでいた中学時代に2回登ったので今回で3回目め。計算するとなんと35年ぶりだ。
1回目に友達と2人で登った時と同じルートを行こうと思ったけど、確か身延線を使って行ったことと、下山で広い砂地を駆け降りたことくらいしか手がかりがなかった。
登りは身延線を使ったことからすぐに富士宮口とわかった。下りは須走口か御殿場口か確信が持てないが駆け降りた砂地がかなり広かった気がするので御殿場口だったということにする。
1回目の時は途中山小屋に一泊して朝早く起きて山頂付近でご来光を見たと思うけど今回は、富士宮に前泊して1日で登って降りることにした。 
この間行った西黒尾根と標高差は大して変わらないのでなんとかなるだろう。

おみやげに買ったふじちゃん

1日目(8月27日)

前日午後1時ごろ家を出て駅で18きっぷのハンコをもらい、武蔵野線で西国分寺方面へ向かう。
甲府回りで身延線に乗り途中の身延駅で降りてゆるキャンの聖地に寄っていく計画だ。

中央線の八王子の乗り換えで急いで朝飯のおにぎりとサンドイッチを買っておいて、高尾から乗った列車のボックス席で食べた。

甲府に着いてゆっくり歩いていると身延線の電車が発車しそうになり急いで走ってなんとか乗り込んだけどこの電車は鰍沢口駅止まりで、小一時間待ってようやく来た富士行きの電車に乗り換えた。

鰍沢口駅

ゆるキャンで出てくる甲斐常葉駅や波高島駅なんかを通過して身延駅に到着。

身延駅前


ゆるキャンで野クルの3人がみのぶまんじゅうを食べたベンチに行って写真を撮ったけど日が暮れて真っ暗だったのは残念だった。

野クルの三人がまんじゅうを食べたベンチ

駅前の食堂が一軒だけ開いていたので、入ってみた。
蕎麦鵜丼というのがあり、なんとなく聞いたことあるなと思いつつ、別のハンバーグの丼を頼んだ。
後から蕎麦鵜丼はゆるキャンとのコラボ商品と気付いたけど後の祭りだった。
しかも頼むとステッカーも貰えたらしい。

8時過ぎの富士行きの電車に乗って富士宮へ向かう。途中なでしこの最寄り駅の内船駅を通った。
うちふねと思ったらうつぶなとか振り仮名がふってあって驚いた。

9時過ぎに富士宮に着いて、コンビニで夜食のカップ麺やお菓子を買い、宿にチェックインした。


2日目。

7時前に起きてシャワーを浴びて準備をしてチェックアウト。
コンビニで昼のおにぎりとお菓子、1リッターくらいのスポーツドリンクを買ってバス乗り場へ。

8時過ぎにバスが出発。
天気はいいがガスがかかって富士山はうっすらとしか見えない。

バスは何故かだいぶ遠回りした。
途中道路の傍にはテンニンソウがたくさん咲いていて、降りて写真を撮りたかったがそうもいかず、やがて標高が高くなるとテンニンソウはなくなり花の小さなアザミや、キオンらしき黄色い花が多くなった。

9時半過ぎに富士宮口5合目に到着した。


5合目で高地順応の為30分くらいゆっくりと準備したり、オンタデの写真を撮ったりした。
今回は最近入手したom-d e-m5を持ってきたので使ってみた。

5合目のオンタデ

イワシャジンのような花が咲いていたが、人が近くに座っていたので写真を撮り損ねた。

なんとか協力金とかを1000円払って歩き出す。溶岩ゴロゴロの独特の登山道だ。

植生は乏しく見られるのはオンタデとオトコヨモギの仲間くらい。

オンタデ
オトコヨモギの仲間

すぐに最初の山小屋を通過。その後、今朝早くから海から歩いてきたという(誰かとそんな話をしていた)男女と抜きつ抜かれつしながらしばらく歩いた。

歩いてもあまり景色が変わらない。

次の山小屋に着いた。

ドリンクを一口飲んですぐに出発。

標高3000mを突破。
乗鞍以来だ。

元祖7合目

途中急にテンションが上がってちょっと飛ばした。

足が疲れたら自然とパワーウォークになった。

8合目

8合目くらいでだいぶ疲れが出て、クッキーを食べながら10分くらい休憩。気分はリフレッシュして歩き出したが足はほぼ死んでいた。

なんとか一歩一歩歩く。
景色は大して変わらないがオンタデはだんだんまばらになりいつしかなくなっていた。

9合目くらいで200円払ってトイレを使った。

頂上が近くなると道も狭くなり渋滞気味で10歩くらい歩くと先がつかえるので、休憩になって好都合だった。

富士宮口の山頂に到着。

浅間大社奥宮


息を整えて、自撮り棒をセッティングして奥宮にささっとお参りして剣ヶ峰方面へ。

富士山火口

黒人がこんにちはと挨拶してきたので挨拶を返して、Where are you fromと聞いてみた。
アフリカのどこかの国の名前を言っていたけどどこか忘れてしまった。
しばらくこの黒人と話しながら歩いた。なんでも日本に9年くらい住んでいて富士登山は9回目、高尾山にもよく行くらしい。
自分は千葉からきて富士山は3回目だけど前に来たのはジュニアハイスクールの時だとたどたどしい英語で話した。

剣ヶ峰の山頂はけっこうな行列になっていたので離れたところから写真だけ撮ってよしとした。

剣ヶ峰

おはち巡りを歩き始めたがお昼を食べてないことを思い出して景色のいいところに座っておにぎりを食べた。

一年生になったらという歌を思い出した。風が台風並みに強いが、台風と違って一定の方向に同じ強さで吹いていてあまり経験したことのないキーンという風切り音が聞こえた。
あまりに風が強いので2個目のおむすびは火口の方にちょっと入って食べた。

食べ終わっておはち巡りのコースをちょっと走ってみるとやはり空気が薄いせいかふらふらしたので歩いて回った。

須走口の山頂あたりでは白人の団体が登頂して喜んでいるところだった。時間もなくて疲れたので須走ルートで下山することにした。

最初は溶岩じゃりじゃりのブルドーザー道。

ここはあまり足が沈まないようにゆっくり歩いた。

飲み物を飲み干したので買って飲みたかったが山小屋は閉まっていた。

溶岩じゃりじゃりにだいぶうんざりしたころようやく終わり、やがて砂走りの道になる。


けっこう大きな礫混じりの砂地を転ばないように必死で走った。
靴の中は1センチくらい砂利が溜まっていたけどそのまま走った。

山小屋で250mmで300円の缶のコーラを買って飲んだ。

砂走りが終わり樹林帯になる。
丈の低いホタルブクロが咲いていた。

ゴールが近くなるとフジアザミが点々と咲いていた。

フジアザミ

樹林帯に入る。

樺の木の仲間を撮影。

アザミの仲間も。

砂払い5合目に着いた。飲み物を飲んで休みたかったけど我慢して靴の砂だけ払って出発。

しばらく普通の登山道のような道を歩き、最後は階段をおりて須走口5合目に到着。

何件かお土産屋があり客を寄せる為かお茶を手渡してくれる。
2杯目のお茶を飲んだ店でポカリを買ってトイレを借り、大きめの富士ちゃんを買った。
三つ峠で買ったのと並べると親子のようになった。

5時45分くらいの御殿場駅行きのバスに乗りこんだ。御殿場駅までは思ったより遠く1時間以上かかった気がした。

下山途中から頭痛がしてきて段々と酷くなりバスの中ではかなり痛かった。
気まぐれで5合目まで来たらしい大学生の集団の女の一人がひたすら大きな声で早口で喋っていた。

ようやく御殿場駅に到着。
風呂に入って帰れないかと考えたけどあまり時間がないのでとりあえず来た御殿場線の電車に乗った。
新松田駅のトイレで体を拭いて着替え、小田急線と千代田線、東西線を乗り継いで帰ったけど、ひたすら目をつぶって頭痛に耐えていた。
乗り換えごとに飲み物を一本買って飲んだ。
高山病にはならなかったのに、熱中症か脱水症状にやられてしまったようだ。
山では気が付かなかったけどふくらはぎのあたりが真っ赤に日焼けしていた。首筋も相当焼けたようだった。
今回短パンに長袖Tシャツという格好だったので露出した部分が焼け過ぎてしまった。山の上は涼しくても日差しが強いと思い知った。


次の日に首筋がヒリヒリして、左右のふくらはぎの筋肉に鋭い痛みがあった。
酸欠で激しい運動をしたからだろうか?

2日後くらいから太ももが筋肉痛でパンパンになった。

3日後には日焼けした部分の皮がボロボロと剥けた。

弾丸富士登山のダメージは相当大きかったけど今年が最後のチャンスという気がしていたので無事登頂できて良かった。
中学生の時の記憶を辿る登山だったけど思い出すことはほとんど何もなかった。あまりにも長い月日が立ち過ぎたようだ。

今後もう一度富士山に登ることがあるだろうか?
今は当面ないだろうと思っている。
おじいちゃんになった頃あと一回登りたい気もする。
富士山中腹辺りの植物は気になる。バスで通った辺りを今度は歩いてテンニンソウの写真でも撮りに行こうかと思う。御中道も歩いてみたい。今はその正当な権利がある。
昔は富士山に3回登頂しないと御中道は通れないというルールがあったらしいから。

帰りの電車は私鉄だと安かったので18きっぷは使わなかった。

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